2020/07/15

日本共産党創立98周年 、入党を呼びかけます

1922年 7月15日

社説「主張」をじっくりと読みました。

改めて自分の入党を振り返りました。
故郷奄美大島の我が村では、「日本共産党」はじめ、あまり政治性は
日ごろ感じられませんでした。(私が子どもだったから?)
少なくとも我が家は「政治、政党」のことが話題に上るようなことはありませんでした。

ノンポリです。

この私が何故「共産党」?

中学、高校までは政治的には全く関係のない生活。

中学3年生の時、横浜市に転居し、
川和高校ではバレー部、合唱部と青春を仲間とともに、楽しみました。が、
やはり、政治的には関心はありませんでした。

高校卒業後、進路を決定しなければなりません。
進学校ですから同級生は皆受験勉強、
就職しようと決めていた私は、図書室から
「哲学書」なんぞを借りては、読み進めていました。

私は、先ずは社会に飛び出したい、「大好きな我が家」を出て、「自立して生活」したと、東京の「寮」のある印刷会社に勤めました。

新入社員として大切に対応され、家族を離れ、寮で自分で自分の食事を作る、という生活も新鮮でした。

 でも、とても不安を感じました。

私は世の中で生きていくにあたって、自分なりの考え方を持っていない!
今起きている事象をどう判断するか、自分の指針をもっていない!
マスコミはああだ、こうだ、というけれど、
それが正しいのか、判断できないし、自分の生き方の方向性ももっていない!
ことに不安を感じました。

大学にいこう、
自分の考え方を持てるよう、大学で学ぼう、と決心し、
12月まで勤め、ボーナスをもらい、受験勉強に専念。2月、和光大学を受験
合格。「人間関係学科」入学金はボーナスで。 
大学1年生、2年生までは授業料をアルバイトをしながら自分で
払い続けました。

しかし、はたと、私は何のために大学で学ぶのか、これがはっきりしないことに
気が付きました。
バイトづけ。
広い教室での授業とバイトの往復では、高校の時の「学び」と変わりません。
授業が終わってすぐにアルバイトの繰り返しで、余裕の時間、が全くない!

3年生になって、両親に、後半、3,4年生の授業料を出してほしい、大学で仲間とともに、
じっくり勉強したいと申し出ました。
母は、「あなたがいつ、そのことを言ってくるかと待っていたよ。大丈夫」と応えてくれました。

それからは大学らしい「ゼミナール」で
時間を気にせず、同級生と議論したり、自分の問題意識がどこにあるのか、
そのことを追求していくのに、どう学んでいくのか、
学び方を学ぶという大学らしい授業となりました。

厳しい面もある教授の下で、学生時代を送りましたが、まだ、政治性が私のなか
明確には育っていませんでした。
そのころ興味があって、個人的に集中的に読み進んでいたのは
ベトナム戦争に関する本です。

何故あの小さな国が大国アメリカに勝利できたのか、
「自由と独立こそ尊いものはない」ホーチミンの言葉は時々かみしめています。
ベトナム人民の闘いは、歴史、時代のなかでどう生きるか、
自分の生き方はどうあるべきか、など、
心に残っていきました。

まだ日本共産党との出会いはありませんでしたが、
大学ゼミでかじったマルクス、エンゲルスの基本古典文献はその時感動したものです。

今日はここまで。(長すぎる!)

       ◆ ◆ ◆

18時半より志位和夫委員長の記念講演があります。
ネットで見るつもりです。

是非ご視聴いただき、日本共産党に賛同される方の入党を呼びかけます。