2019/08/14

「お盆」、パートⅡ

 私は、「霊」とか、「神」とか、「仏」とか、その世界には入っていけないたち、
感度的に入っていけるものがほとんどないたちの人間です。

 それでも、「霊感の強い人」がいるようだということも完全否定もしません。

 霊感の強いほうだった母はよく「夢」の話をしていました。
私はほとんど「夢」にでてくる、ということはありません。

 それでも、「第二の誕生期」と言われる、青春期には、
自分をつくる、自分を探す、「いかに生きるべきか」「私とはなんぞや」など、私も「自分探し」をしたものです。

 聖書も読みました。やっぱり、すーっつとは入っていけなかった。なじめませんでした。
 高校生の時は、哲学を読みふけりました。
実存主義哲学です。サルトル、キルケゴール、ハイデッカー、ニーチェ・・
回りの同級生は大学受験勉強。
高校からすぐに大学進学する気のなかった私は、図書室で、読書三昧。
 これはハマりました。

でも、今は何故没頭できたのか、わからないくらい、哲学の世界の
用語にも、世界にも程遠くなりました。

 で、その私は、母の新盆で、「お寺での法話」、「法事」に初めて出席。

 住職さんの「法話」を聞き、お坊さんたち20数名のお経で、亡き人達を弔い、遺族の慰め、覚悟のお話しを神妙にお聞きした次第。

 これは人生始めての経験。

住職さんの「お釈迦様の遺言」の話は少し心に残りました。
人生は有限、人生は思い通りにはならない・・・ふむふむ。
話の内容とともに、「話かた」も興味深かった!
声の大きさ、間、聴衆に
交互に目線を向ける・・・など話術も興味深い。

 以前憲法9条を守ろう、という立場の「牧師」さんのお話しを聞いたことがありますが、この方も「エンターテイメント」。
ユーモアも満載で、わかりやすく、かつ、迫力をもっていて、引き付けられる話し方でした。

 大勢の人の前で話す話したかた、というのは、その方の「思い」の強さ、そして、話の流れなんだな、と感動したことがあったのを思い出しました。

 少し、横道にそれました。

戻します。

 で、「住職さん」のお話しした、お釈迦様の8つの遺言の教え

①小欲: まだ持っていないものをさらに欲するような欲を少なくする
②知足: 既に手に入れたものでも、すべてではなく、一定の限りを持っ    て受け取る
③楽寂静: 心乱れる喧噪を離れ、静かなところに住する
④勤精進: 普段の努力をする。怠らない
⑤不忘念: 正しい想い(念)を見失わない、よくよく注意し、気づく
⑥修禅定: 座禅をして心を集中し定める(ボーッとしない)
⑦修智慧: 真実の知恵を身につける
⑧不偽論: 無意味な議論はしない 

 ここに紹介したからといって、全面肯定しているのではありません。
全面否定しているわけでもありません。
人が日々経験する様々なことをどう受け入れ、よりよい人生を全うするか、それぞれの宗教で「教え」があるのでしょう。
私は全く宗教的な人間ではありませんが、仏教、キリスト教、イスラム教、
・・・世界には多くの宗教があり、心の支えにしながら人生を生きる、
人達がいること、まったく無宗教の人、
人間ってなんて多彩なんだろうと思いました。
智慧や欲を持った人間ならではの苦しみから生まれたのかもしれません。

初めての経験でした。
年をとってもまだまだ、「初めて」のこと、あるな・・
人生、悲しみも面白みも、日々次々と起きるな・・・。

今、気に入っている言葉
「誠実に」


明日は終戦記念日
絶対に忘れてはならない日。
二度と愚かしい「戦争」をしないために。
戦争への準備をさせないために。