2019/08/13

お盆、実家へ

母のいない、「お盆」。昨年11月に急逝。
家族で、「新盆」を、迎えました。

「お盆」というと、母と「迎え火」たいて、キュウリのお馬、なすのお馬。
あとは、のんびり、おしゃべり、母がみんなが食べてくれるのを楽しみに
揃えた料理を、ぱくつく・・・
 だらだら過ごす「お盆」でした。

祖父母、兄、父、そして、今年は「にっこり笑った母」。

姪っ子がたくさんの母の動画を見せてくれました。
去年、たった、去年。
あんなに、元気だったじゃない!
あんなに、うれしそうじゃない!

何故、突然、私たちから去っていく!
89歳の母はいつも、「ピンピンコロリ」と去っていきたい、と言っていました。
と、その通り、倒れて1週間で、亡くなってしまいました。
大好きな父、親友のいる「あの世」に・・・

先日母の月命日で、お墓参りに一人で、向かっていた時、
いつも母を載せて、お墓にいっていたのに・・・・と
涙があふれ、車を止めて、じっと・・・。

11月になくなり、4月に選挙で、悲しみに浸ることができなかった。
喪失感、二度と会えない、声が聞けない・・・・
「時が止まる」
「自分を見失いそうになる」

今年になって兄と妹が次々と「手術」
回復して職場復帰もしていますが、

もう年齢的には、限りない未来が開けているわけではないな・・と。
自分にとって、
大好きな人、大好きな時、
失いたくないもの、、もある程度見えてきた。

大事に、大切に、「時間」をおくりたい。

今日8月10日の朝日新聞1面「折々の言葉」で、
「ひと言でいうと、癒されたくないんです」(柳 美里)
「悲しみは時が癒してくれる」ということは悲しみを蔑ろにしている。悲しみは埋まらないとその後もない」と。「沈黙の作法」から。

母のいない、母の部屋は、
「だらだら」「のんびり・・・」の空間ではなくなった!

母が大好きだった、母と何度もいった、相模原の温泉「湯楽の里」に行きました。