2016/12/27

答えのない「問い」

日々忙しさに追われていますが、年末に近づくといつも
思い出され、「答のない問い」を発するのです。

「ホームレスのおじさん、(もちろん、名前はありますが)、
私のしたことは、正しかったのでしょうか」、と。

もう、10年近く前になるかもしれません。
私の住まいの近く、16号線のそばに、おじさんは、「住んで」いました。
日中は、道路の「清掃」をし、食事は小さなコンロで煮炊きしながら、
「生活」していました。

道行く人が話かけたりしています。
私もしょっちゅう見かけますので、
声をかけ、「屋根の下で寝れるよう」生活保護申請について話をしても
おじさんは
「自分は今のままがいい、今のままでいい」と。

私は気にかけながらも本人の意思次第だし、と
遠くから、見守る感じで距離を置いていましたが、
おじさんの「生活」ぶりを見て、市民の方から、
おじさんをホームレス状態から、なんとかしてほしい、救ってほしい、
との声が複数から寄せられ、
またおじさんに声をかけました。

「まだ、いい」「このままでいい」、と。

「わかった、でも、これから寒くなってくると、路上生活は大変だから、
必ず、声かけてね。」と言って、電話番号を渡しました。


12月に入り、どんどん寒くなってきました。
12月28日、役所の仕事納めの日、気になって、おじさんに
話しかけたら、初めて
「お願いしたい。役所で福祉のお世話になりたい」
と、やっと、決心したようです。

さて、役所の終了時間も迫っています。
おじさんの荷物、全財産を車に乗せ、役所に。
申請、そして、不動産さんへ。そして、お布団をカンパしてくださる
方へ。

その日のうちに、アパートに入れ、お布団で眠ることができるように
することができたのです。多くの方の好意、協力で
おじさんは、やっと、暮れ、お正月を屋根の下で、温かい
お布団で過ごすことができる、と
私は、嬉しかったのです。

その正月は雪がふりましたので、
もし、ホームレスのままだったら、どんなに寒い思いをしたか、を
想像すると、
私はおじさんは喜んでくれただろうと思いました。

正月は親戚のお祝い事があり、故郷の奄美大島に
帰郷していましたので、1月4日、帰ってきて、すぐに
おじさんのアパートに行ってみました。

すると、
なんとなんと、
おじさんがいない、
「失踪」したのです。

どうしたのでしょうか。
福祉事務所の職員さんも、関係機関とも連絡しながら、
探したことでしょうが、「いない」

荷物もなにもかも、おいて、本人だけが、いない。

わけがわからない、
何故、何故・・・・・・

おじさんは、ホームレスの方が良かったのだろうか、
「屋根の下」はいやになったのだろうか

12月28日、お正月、雪

毎年のように思い出され、「答のない問い」が・・・・