2016/01/22

田村議員の「大学奨学金」問題質問


国会での田村議員の論戦は、迫力あるものです。
田村議員は、当選して、初めて相模原市議選の応援に来てくれたとき、
初めて応援演説をしてくれたとき、すぐに、「ファン」になりました。
話の組み立てと言い、強調するところの迫力ある訴えといい、発声、声が素晴らしいし・・・・とその後は国会論戦の状況はネットで追っかけています。

こちら でご覧ください。

奨学金のことでは、私の大学生時代のことを思い出しました。

入学金は、高校卒業してから、9か月間働いていた会社の退職金で用意し、入学後の学費は、「アルバイト」で賄っていました。
奨学金は活用しませんでした。選択肢のなかにありませんでした。

授業が終わって、すぐにアルバイトに通う毎日でした。

ゼミにも、授業後の学生同士の活動にも全く参加でできずに、
アルバイト直行の生活を2年間続けました。

あるとき思いました。

私は、大学に通うために、アルバイトをしているのか、
アルバイトのために学生しているのか、
いまのままでは
主客転倒、

高校とは違う筈の「大学」での学びの在り方が、これでは、
なんのために大学に通っているのか、このままではだめだ、
と痛感しました。

それで、大学2年の終わりに父母にお願いしました。

「アルバイト、アルバイトの学生時代では、私は、なんのために大学に行ったか、わからない。
 3年生以降の2年間、学費を出していただけないだろうか」、と。

すると、母は、即座に
「いつあなたが、そう言いだすか、待っていたよ。
向こう2年間は、学費を出すので、大学生活好きなように送りなさい」と。

そのときの生活も決して楽ではありませんでしたが、支えてくれました。
その思いに応えるために、という思いも重なり、アルバイトは控えめにすることができ、
その後大学3、4年生は「学生生活」をエンジョイすることもできました。

大学での、「学ぶ」とは何ぞや、
何を、どんな方法で接近し、どんな風に組み立てていくのか、
自分がなにをわかっていて、なにをわかっていないか、友人たちとの語らい、学び合い、
など、実に貴重な2年間となりました。

大学は、「高校時代」とは全く違う、「学び」の在り方を学ぶ場所です。
学生が、「借金」奨学金に縛られ、若い人生を重すぎる借金返済に追われる、日本はあまりに「貧困」。
青年の希望を奪う日本に未来はありません。

田村議員の質問はいろんな意味での力になります。

7月の再選!必ず!