2015/11/01

「国家の暴走が個人の尊厳を壊している」演説会で

桜木町での日本共産党演説会に参加してきました。
午後からの地域での議会報告会を終え、4時15分に駅前につきました。
駅前広場には大勢の聴衆が志位委員長の演説に集中しています。

だいぶ、ぴんぼけ


志位委員長の演説、途中から聞いたのですが、
大変迫力に満ちたものです。
国民連合政府の必要性、他野党との協議状況、各界の方との
懇談等の状況、など、共産党の本気度が伝わり、
何としても来年の参議院選挙で、
そして、戦争法廃止、安倍政権打倒し、集団的自衛権を撤回させる
政権、国民連合政府を!


一番印象に残ったのは、最後ごろ。
1億総活躍批判、うんぬんかんぬんのあと、
「今、国家の暴走が個人の尊厳を壊している、
国会の元に個人があるのではなく、一人、一人の個人の幸福のためにこそ、国家がある」的発言です。

「個人の尊厳」、高らかな言葉です。
「尊厳」という言葉の神々しさ、この言葉を使うとき、人類社会の歴史、進展を感じるからです。

人間として、誰しもが等しく持っているのが「尊厳」
基本的人権、という言葉よりも、厳粛なものを感じます。

有限の人生、我が身の「尊厳」、生かし切れているだろうか、
他やあるいは、自分で壊していないだろうか。

以前、大江健三郎氏が、朝日新聞紙上でのコラム(?)発言のなかで、
「子どもに徹底的に必要なのは、自尊心」とか、あったように記憶しているのですが、
子ども、と自尊心、結びつかなくて
気になっていた言葉です。
この「個人の尊厳」を自らが意識すること、自らの尊さ、
他との比較でなく、他の評価ではなく・・・・
「生きる」「有限な存在、人間として生きることの絶対的尊さ」

確か志位委員長は、憲法13条が一番大事、そのための民主主義とか、
このような話をされたと思う。

で、憲法を紐解きました。

憲法第13条
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法、その他の
国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

13条には、「尊厳」という言葉はありませんが、尊重という言葉には、ドキッとしませんが、尊厳という言葉には重いものを感じます。

「国家の暴走で個人の尊厳が壊されている!」
高齢者、若者、子供たち、障がい者・・・・・非正規雇用労働者・・・・・

虫けらのように扱われてきた過去の民衆、国民
「一人ひとりの尊厳」は勝ち取ってきたもの
歴史の逆光を許さない

安倍政権打倒!国民連合政府を!