2013/10/05

後援会バス旅行、小林多喜二、福元館を訪ねて

今日は日帰り、相模原市北部連合後援会のバス旅行に参加。

ずっと小雨のあいにくのお天気でしたが、宮ヶ瀬ダムを通り、厚木の七沢温泉につきました。(ずっと、雨女、雨女の声が、

そう、私は雨女なのです。すみません)

まずは、多喜二が湯治場とし、執筆活動していた、離れ屋、隠れ屋に。

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行きのバスのなかで、小林多喜二の生い立ち、経歴、などの紹介がありました。

働きながらの執筆活動は時間がとれずに、隙間の時間をとりながら、1枚、2枚と原稿を完成させていった。

検挙され、母のセキさんが面会にいった時の様子なども紹介がありましたが、皆、感動で少々うるうる。

そのあと、温泉にのんびり、入った後、福元館のおかみさんのお話しを伺いました。

高齢ですが、とても品のいい方で、明瞭にお話しします。

戦前のことですので、女将さん自身は直接お会いしたことはないのですが、先代から伝え聞いたお話しのなかからも、多喜二の人柄がエピソードや、背中に痛ま しい拷問の傷痕、田圃の縁にたくさん咲いていた曼珠沙華の根をつぶし、・・・?と小麦粉と?と?を混ぜ、練って、てぬぐいに伸ばして、背中にはって治療し たとか、、、、、

毎日のお風呂で、いつも同じ歌の同じフレーズを口ずさんでいたこと、

1ヶ月近くの滞留でしたが、旅館側にも印象深かったかたのようです。

おかみさんは戦前は、小林多喜二にことはだれにも話してはならないと口止めをされていた、家に火を付けられるとか、どんな弾圧被害を受けるかもわからないからと。封印。

戦後、もう平和な世の中になったのだから、と、多喜二が逗留してこと、話してもいいかも、と思い、そのことを多喜二研究者の方の問い合わせに対し、実は、、、と真実を語ったこと。

その後15名位の党中央からの方が来て、それから、多喜二の宿、としてしんぶん赤旗にも載り、全国から訪問するかたが増えたこと。女将さんが、おはぎをつくり、供してから、その後、そのおはぎも一緒に出してあげると、大変喜ばれたこと、

今回も、お料理も大変、美味しく、いろんなお品がたくさん、食べきれないほど(もち、私、いただきました!完食です、はい)

1時間ほど、たっぷり、飲んで、〔私は一滴もアルコールは頂けないのです! (オーノー)たっぷり食べて、〔こちらは満足)

たっぷりおしゃべりして、(こちらも満足)

1時間半後には、帰路へ。

帰路のバスでは多喜二物語、後半の部へ。

共産党員であるがための、あまりに過酷な悲惨な拷問で獄死させられた多喜二。

一方拷問した、特高は「出世し」、のうのうと、生きながらえ、勲章まで。

多喜二への弾圧や日本共産党の非合法化弾圧の後、日本は「戦争」へと突入。

・・・「まさに、反共は戦争への道」、歴史が証明。

今年4月の後援会旅行で訪ねた、福島県の松島事件と同じ構図。

今、阿部首相がきな臭い、「戦争への道」を着々と進めようとしています。

気がついた時は遅かった、ということがないよう、歴史の教訓から学ぶこと、

転向しないで、命をかけて守り抜いたもの、戦い抜いたもの、w引き継ぐこと。

「先進性と不屈性」

ウーム、

私は私なりに自分の人生いきていくけど。もっと学習も深めながらも深く、広く、ゆうゆうと・・・・といきたいものです。

理想ですが、マイペース、マイペースで。

今日は皆満足気な様子でホットしました。

始めて参加の方とお話しすると、大変喜んでくださり、次回、催しがあったら、また是非、声を掛けて欲しいと、感想が寄せられました。

嬉しい限りです。

役員一同の思いが伝わったのだと思います。



さて、明日は県人会へ。

学習は同時並行的に。今は東大の鈴木宣弘氏の「TPPをめぐる情勢」の講演ノートを読み進めています。

議会報告会の準備も進めていかなければなりません。